碓氷峠

GW明け一発目のブログ担当、西村渉でございます。
みなさま、連休は有意義に過ごせましたでしょうか?

私は、ほとんど東京におりました。
連休中の都内は意外と人が少なく、買い物などは快適にできました。

ですが、やはりちょっと出かけたりしたくなるもので・・・
車にて一日だけ日帰りで少々遠出をしてきました。

行き先は碓氷峠。
私に毒されたのか、なんと嫁の家族まで「碓氷第三橋梁」を見たいとのこと。
混雑を避けるために夜中の3時出発。到着は朝6時でした(笑)

小雨が降っておりましたが、ピンと張りつめた空気がまた何とも言えぬ山間の情景を引き立たせてくれました。
その中に佇む橋梁の雄姿・・・・うーん、たまらない。。。

この橋梁、元は鉄道橋で国鉄信越本線の橋梁の一つでありました。
峠を越えて軽井沢に向かう路線だったのです。
そして、その軌道跡は現在遊歩道となっており、誰でも歩けるようになっています。

もちろん私たちも歩いてみました。

トンネル内部から見た橋梁への風景。
こんな感じで歩けるようになっています。
トンネル内部までレンガが積んでありました。

この遊歩道には説明板もたくさんあり、土木遺産としてちょっとした歴史の勉強もできます。
その中の一つにあったこの説明。



「山型目地」とありました。
不勉強で、はじめて聞いた目地でしたが、
なんとこれ、見栄えを良くするためだけのものだそうです・・・!
山中のトンネル、「車窓からは見えませんでしたが」、そんなところにまでデザインを行き届かせる気持ちが凄い。
だいぶ風化していましたが、現物も見つけました。



気質溢れた設計者、職人に想いを馳せることができ、なかなか良いショートトリップでした。
軽井沢も近いので、近くまで行った際には立ち寄られるといいかもしれません。

今度は紅葉の季節に行ってみたいですね。

(西村渉)

 

Posted in 未分類 |

図面表記

本日の担当はきむらです。

 

本日は、図面のことについて書いてみようと思います。
この仕事を始めた頃、最初から図面を描いたりはせず、
先輩方の図面の修正や、過去の図面に倣い足りない図面を
補足していくような仕事からスタートしました。

建築図面の表記って結構独特な表現や略語で書いてあるので、
最初に見たときは、ちょっとびっくりしました。

“仝”この漢字を見たときには読むことすらできませんでした。
これ、何と読むのでしょうか。
ん~?“ぜん”かな~
当時はネット文化もまだまだ発展途上、
調べるにも読み方もわからないので辞書も使えません。

恐る恐る先輩に聞いてみると。
“どう”だよ“どう”同じってこと。
と説明を受けました。

同という漢字の旧字なんですね。
この漢字建築の図面、特に仕上表という
仕上げの材料を列記した表の中によく登場します。
“仝左”や“仝上”などと書いてあるのですが、
“同上”や“同左”って書いてくれたらわかりますよね。
なぜ建築業界はこの旧字を未だに使用しているのでしょうか。

見積書もこの業界では“仝上”という表記が多いですね。
他の業界で、うちもその漢字使ってます、
という方がいらっしゃったら教えてください。

この苦労、分かち合いたいです(笑

図面は限られたスペースに、より多くの情報を盛り込まなければいけないので
略字も多く使われます。

LGS下地の上PB t=12.5 AEP塗布

もう訳が分かりません。何かの暗号でしょうか・・

しかしこれ、まともに書くと
「軽量鉄骨(ライト・ゲージ・スタッド)下地の上
石膏ボード(プラスター・ボード)厚さ12.5㎜
水性アクリル塗料(アクリル・エマルジョン・ペイント)塗装仕上げ」

となってしまいます。
これでは図面が、文字で埋め尽くされてしまいます。
覚えるしかありませんでした。

15年も経ったので、いろいろ覚えてはきました。
後輩に聞かれたら、締め切り間際以外は優しく教えてあげようと思います。

Posted in 日記 |

『クリーク』-佐賀の風景-

田村です。

きょうはボスと私の故郷であり、スタッフのホアシくんが大学時代の4年間を過ごし、
数年前からWORKVISIONSが街なかの再生に向けてお手伝いをさせて頂いている「佐賀」について。

昨年社会実験としてWORKVISIONSで企画・設計した「わいわい!!コンテナ」 については、
すでにご存知の方もいらっしゃるかと思いまが、
きょうのお話は「わいわい!!コンテナ」ではなくて、佐賀特有の「水路(治水)」について。

佐賀県の南東に位置する佐賀市は、三方を囲む山と南に開かれた有明海を望み、
古代から佐賀平野の中心地として、近世から近代にかけては鍋島直茂を藩祖とする佐賀藩の城下町として栄えました。

これは佐賀城下の古地図と現在の地図を重ねた重ね図。

中心に位置するのが佐賀城のお濠です。
ちなみに。かつてわたしが通った小学校は、なんとこの佐賀城の城址にありました。
現在、佐賀県によってすすめられている「佐賀城下百年構想」によって、小学校は移転し、
お城が復元され、「佐賀城本丸歴史館」になっています。

この地図で注目すべきは街なかを網の目のように走る「クリーク」。
「クリーク」とは、釣り用語として使われることもありますが、細かく枝分かれした「水路」や「小川」のことです。
この「クリーク」、街なかだけでなく、佐賀平野の全域に渡って縦横に走っています。

こうした佐賀特有の水利体系は佐賀藩の武将、成富兵庫茂安が基礎をつくったものといわれています。

雨だけが頼りで水が不足がちの佐賀平野に、少ない水を融通し効率的に使うクリークの仕組みは、
人々の生活に豊かさをもたらしました。
河川を水源として樋管などにより相互に連絡し、クリークによって水を城下に導水しただけでなく、
海とつながる河口から海水が遡上することを利用し、逆流する淡水の効率利用を図るため、
江湖やクリークに樋門を設けて流入・流出の操作を容易にし、江湖をクリークの第2の用水源として利用したのです。

また佐賀城下の洪水対策として、城下を取り巻く河川堤防の対岸側を低くしたり、高潮から干拓地を守るために
有明海沿岸に設けた五千間土居などの治水の業績も数多く、今なおその遺構を各所で見ることができます。

さらに彼のスゴイところは、最大の問題である用水をめぐる村同士の利害対立に対する調整能力。
新しい水利システムの機能を維持するため、水管理についての細かい取り決めと用水管理作業の組織を整備し、
水利組織の再編成を実質的に可能にしたのです。

川浚え、川干、井手揚げ、ゴミ揚げといった、現在でも町内会単位で行われている佐賀の風物詩は
この時代から300年以上ずっと続いてるのです。

こうして、平野に広がるクリーク網を中心に、江湖と河川が有機的に結びつき、平野全体で水を導き、
貯留、配分し、排除する佐賀特有の水利用の仕組みには目を見張るものがあります。

さて。その「クリーク」、現在も佐賀の街なかを歩くといたるところでその風景を見ることができます。

残念なことは、クリークに隣接する建物のほとんどが背を向けていて、暮らしの中の風景として生かされていないこと。

佐賀の財産とも言えるこのクリークのある風景を活かした景観づくりができたら本当に素晴らしい街になるのではないか
と思います。
そして少しずつその取り組みが行われています。

そうそう、東京、日本橋から永代橋を渡って深川に入ったところに「佐賀町」という町があることをご存知でしょうか?
佐賀町は隅田川を挟んで日本橋の対岸にあたり、かつては運河が縦横に走っていて、その風景が「佐賀」と似ていた
ことから佐賀町と改名されたそうです。

成冨兵庫茂安。
戦国時代から江戸時代にかけて豊臣秀吉をはじめとする多くの武将にも一目置かれ、
関ヶ原の戦い後の江戸の街の修復や水路の整備までを行い、
当時肥後国領主であったあの加藤清正に一万石を提示されても
「たとえ肥後一国を賜るとも応じがたく候」と応え、断ったと言われる忠義の人。

常に民衆や百姓の言葉に耳を傾け、肥前国佐賀藩が明治時代まで続く基礎を作り上げた
佐賀が誇るべき武将に敬意を表しつつ、このクリークのある風景を大切にしていきたいと思います。

というわけで。
今年度の社会実験「わいわい!!コンテナⅡ」はクリークに隣接した新たな敷地に場所を移して継続します!
6月9日オープン予定!

現在サッカーJ1サガン鳥栖のサテライトショップとして活用されている「わいわい!!コンテナⅠ」とあわせて、
みなさまどうぞよろしくお願い致します <m(_ _)m>

< Yukari Tmaura >

Posted in まちづくり |

土曜の午前中、代官山へ。

今日のブログはナカムラが更新です。

先週の土曜は出勤日。
9時半に出社すると、
ミーティングテーブルにポツンと置かれた荷物がひとつ。
前日、あるスタッフがバタバタと準備していたアイテムで、
確か今日必要なアイテムだったはず。。

案の定、10時前に電話が鳴り、すぐさま届けることに。
届け先は代官山。

タクシーで20分。無事荷物を届けた後、
最近はなかなか来る機会もなくなったので、ぷらぷらして帰ることに。

取り急ぎ、現在検討中の物件の参考になりそうな
ヒルサイドウエストを確認しつつ、

そのすぐ近くにある、西郷山公園へ。
この公園は、何を隠そう随分前にボスに教えてもらいました。

学生時代、この近くの敷地で課題が出され、
その出題者であった非常勤講師の西村先生と一緒に来た思い出があります。
旧山手通りの街並から少し入った公園ですが、
眺望のよい公園がこんなところにあるんだと感激しました。
ここはいつ来ても気持ちのよい公園です。

今回も残念ながら富士山は見えませんでしたが、
運が良いと富士山まで見ることができるようです。
真ん中の丘の上から↓

そのあとも旧山手通りを蔦屋書店など見ながら駅に向かうと、
これも懐かしい代官山アドレスへ。
数年前、アパレルの内装の設計監理した場所です。

真ん中のオーニングが、うちがやった店舗のオーニング!!

ではなくなってました。。

現在は店舗も変わってしまい、
内装もずいぶん趣きが変わってしまってましたが、
その当時の店舗はこんな感じでした。

もともとスクーターから始まったファッションブランドのショップです。

コールテン鋼の板(をイメージして絵を描いてもらった)とサイン。

かわいいタイルと色付きの目地材を使った壁。

中古の足場板を用いた床と棚板。

内観はこんな感じ。

と、ちょっと若い二人。

お気に入りの内装でしたが、
入れ替わりの早さ(と時の移り変わりの早さ)を改めて実感しました。。

普段とは少し違う午前中を過ごせた土曜日。
こんなステキな機会を提供してくれてありがとう、たむらさん。

Posted in 日記 |

色見本

こんにちは。本日の担当、前田です。
 
春のぽかぽか陽気を通り越し、
半袖でちょうどいいくらいの暖かい日ですね。
あっというまに夏が来てしまいそう。
 
上手く色を扱えるようになれたらいいな、
というのが出来るようになりたいことの一つなのですが、
早速そんな場面が訪れました。
 
現在進行中のプロジェクトの中で
「塗料の色を考えておいて」との指令が!
 
そこで先輩に渡された物がコレ。
塗料用標準色見本帳。
 
 
塗料用の色見本帳をつかって検討する場面を目にすることはあったのですが、
自分で検討の為にさわるのは初めてです。
 
色がたくさん!
結構厚いです。
 
毎日生活をしている身の回りに、
この見本帳の中にある色の塗料で塗られたものがたくさんあるのでしょうが、
こうやって色だけで集めた状態で改めて見ると、
世の中こんなにもたくさんの色の塗料が使われているのか
と、ちょっと驚きます。 
 
同じ緑でも鈍い色をしていたり、
柔らかい色をしていたり、
ほとんど白色ともいえるような緑もあったり…。
 
こんなにたくさんの色の中からどうやって決めていこう?!
 
適した良い色を見つけ出せるか、
少しだけ心配しつつも8割わくわくしている前田でした。
Posted in 未分類 |

雨の月曜日でした。

 

雨のマンデーナイト
担当は帆足です。
 
今日は、僕がワークヴィジョンズに来て初めてやったプロポーザルコンペを少しだけ紹介します。
本当にいろいろ思い入れがあるコンペです。
 
内容は中学校の建て替え。
敷地は大きな川と伝建地区(伝統的建造物保存地区)に挟まれた、小さなまちの中心地でした。
 
ここは、中州のような形状をしており、過去に度重なる水害にあいながらも、水辺と共に生きてきた場所でもありました。
水辺によって石材業が育まれ、石工のまちとして、その独特の職人文化や風土が根付いていきました。江戸時代には宿場町や、経済・水上交通の要所として大きく繁栄していったという経緯があります。
 
このプロポーザルには、地域に根付いた文化や風土をどのように考え、この場所にとって本当に必要な中学校とは何かを提案してほしいという趣旨であったと思います。(実際はそれ以外もたくさんありましたが、僕にはそれ以外見えていなかったのかもしれません。)
 
私たちの案は、伝建地区を守るように、大きな建物をなるべく後ろにセットバックさせ、伝建地区とは反対の川沿いに連続して配置するというものでした。ここで生きてきた人々の記憶(実際には記憶という言葉が正しいかわかりませんが。)を受け継ぎ、これから学び育つ子どもたちのために、水辺と共に生き生きと暮らす風景を再生したいというものでした。
 
 
水害に対しネガティブに構えずに、それすらも大きく受け入れ、災害時にはここが防災拠点としてまちの核となるように提案しました。(たとえ冠水になっても市役所などの公的施設と同じレベルで繋がっています。)
地域に開かれ、地域の方々が自由に交流を育む学校。
まるで地域の方々が子どもたちを守ってくれているかのような学校。
市民が自ら参加し、大切にされる場所は必ず生き続けると思います。
この場所が生んだ職人文化と水辺という大先生が、ここでしか学び体感できないことを子どもたちに教える。子どもたちが将来きっと、ここで育ってよかったと思える記憶になるように。そんなことを思いながら提案をしていました。
 
 
 
最終のプレゼンを明日に控え、事務所で模型とプレゼン資料に追われていました。
明日のプレゼンの日は3月12日。
 
そうです。その日は、忘れもしない東日本大震災の当日でした。
 
はじめの揺れにはあまり気づかず、徹夜続きの体で疲れているだけだと勘違いしていたら、
徐々に勢いが増していき。慌てて外に飛び出したところ、まわりの高層ビル群は嘘みたいに大きく揺れてました。何が起きているのかがわからず。
しばらくしてテレビ越しに見た津波の映像は、今も忘れることが出来ません。
 
明日のプレゼンの日は少しだけ延期になりました。
その間は、つきつけられた現実を全く消化できないまま、作業を続けるしかありませんでした。
 
プレゼン日。
僕は同席することはありませんでしたが。
 
ボス西村のプレゼンはいつも以上に力強いコトバだったと後で聞きました。
 
この場所にとって本当に必要なものとは何か。
これから建築をする上で、一番学び考えていかなければいけないことかもしれません。
そしてそれこそが、僕がワークヴィジョンズで学び働きたい理由かもしれません。
(本当かどうかは恥ずかしいのでナイショです。)
 
そうそう、
このプロポーザルは別の設計事務所とチームを組んで戦いました。
そこで知り合った先輩とすごく仲良くなれました。
共に戦ったからこそ分かり合えたこともあるかもしれません。
 
ちなみにですが、女性ではなく
バリバリの男性です。
すごくヒゲが生えています。
 
でも僕はすごくその先輩が好きです。(ラブではないです)
元気していますでしょうか?
 
以上帆足でした。
Posted in 未分類 |

図面

こんばんは、サタデーナイトの本日担当の小野です。

本日は新米所員からみた図面についてのお話です 。

 

どの事務所もそうだと思うのですが、
設計事務所には過去の作品が写真のような図面になって残っています。

僕たち新米スタッフは、先輩の指示とこれら過去の図面を頼りに、新しい図面を描いています。

中には古い図面もあり、手描きの図や青焼きの図面なんかもあって、
学生時代からパソコンのCAD上で図面を描いていた自分にはなかなか新鮮な気持ちで眺めています。

 

 

写真はワークヴィジョンズに一番多いA3(見開きでA2サイズ)の図面になります。

 

大きいですよね…

実際、机の上で見るとスケッチブックを近くにおけなかったり、収納するにも縦置きができなかったりと
使い勝手としては若干不便なところもあるのですが
そこはやはり図面。

大きくなればなるほど情報の密度と精度があがるので、そうそう小さくはできないのです。

この大きな図面を見ながら

「ここの壁の納まりはこうするのか!」

「こういう枠の見込みはこれくらいいるのか」

といった感じで納め方やいろんな物の寸法を勉強していきます。

 

「最近の若い人はCADでコピペができるからなかなか寸法やディテールが覚えられない」
なんて言われることもしばしばあるので、
先輩たちの図面を大切に、日々精進していきたいと思っております。

そしていつか噂に聞く、「図面を見ただけで細部に至るまで、明瞭に脳内に3Dが立ち上がる」
という達人?の域までたどり着く事を夢見てみるのでした。

おの

 

 

Posted in 日記, 未分類 |

衛生陶器

本日のブログ担当はきむらです。

今日は建物を設計すると、必ず一つは書き入れるであろう便器について書いてみます。

最近の便器の進歩は目を見張るものがあります。
私が設計を始めたころから比べてもかなり変化しています。

お馴染みのウォシュレットを始め、トイレに入ると便座が開きお出迎え
夜間トイレに入っても、眩しくて目が覚めないように便器の中に照明が組み込まれていたり・・
(自分のモノがライトアップされるのってどうなんでしょう?)

中には、音楽が流れたり、脱臭機能が付いたり・・きりがありません。

以前衛生器具メーカーの開発工場に、お伺いしたことがあります。
そこに、焼く前の便器がありました。

そうなんです。便器って焼いて作るんです。
当然陶器で出来ていることは知っていましたが、改めて見てみるとびっくりします。

コーティングなども掛っていないので、なんだか陶芸作品のようでした。

陶芸をやられたことのある方なら解ると思いますが、
陶器って焼くと縮むのです。
なので、焼く前の便器ってかなり大きいのです。
調べてみると、13%も縮むらしいです。

当然、便器は細かくすべての寸法が決まっているわけですから、
焼きあがった状態を想定して、型を作るのです。
しかも全体が均一に縮むのではなく、
場所によって厚みや掛る重量などで縮小率が変わるそうで、
そのあたりも計算に入れて型を起こすそうなのです。

便器ってすごい技術で作られているのですね。

便器には、和式・洋式があります。
以前ヨーロッパに旅行をしたときに、飲食店でトイレを借りました。
個室をあけると、そこには和式の便器・・(↓こんな感じ)

和式っていうぐらいなので、日本固有の形式だと思っていました。
まぁせいぜいあってアジア圏、
まさかヨーロッパのレストランでお会いするとは思いませんでした。

扉をあけ、慣れた感じで用を足します。
事も済み、さあ流そうと思ったのですが

あれっ?・・・流れません。

予想していたところとは反対側に勢いよく水が流れています。

和式の便器は日本独自のものでは無かったようなのですが、
トイレにおいて、一つ独自の文化があるらしいのです。

それは、しゃがむ”向き”です。
トイレに入って無防備に扉側にお尻を向けてはいるのは
日本独自の文化らしいです。

皆様もヨーロッパへご旅行の際は、お気を付けください。

Posted in 日記 |

パースとかスケッチとかCGとか

本日の担当、西村渉でございます。
こんばんは。

私共の仕事には欠かせない「パース」「スケッチ」。
コンペやプロポーザルの際は、プロの方にお願いして描いて頂くこともありますが、
日常的なスタディや、資料に使う画などはもちろん自分達で描いています。

もともと土木の出身である僕は、とってもとってもパースとかスケッチを描くのがニガテでした。
大学でほとんど演習も受けてなければ、描く機会もなく、さらには絵心までない。。。
両親が画家とかで、天賦の才があればどんなに良かったか・・・なんてことまで
思ってしまうほど実は苦手でした。

しかし事務所に入ってからはそうも言っていられず、下手なら下手なりと思って描いていましたが、
ある日、とある仕事の成果品でスケッチを一枚描かなきゃならなくなった時のことです。

ボス:「これじゃ恥ずかしくて出せんぞぉー・・・・(汗)」

あれは未だに覚えてます。。。
思えばその頃から少しずつちゃんと描けるようになろう、と本気で意識し始めたかもしれません。

よく、「頭で考える前に手を動かせ」とか、「説明は要らないから画を見せろ」とか、事務所の中ではよく言われてました。
自分が思っているイメージをとにかくヴィジュアルに起こす。
その間無意識のうちにデザイン検討をしているんですね。実は。

関連してこんな話も。
以前、大学の恩師と「手描きの画と、CGの違いは何か」について話したことがありました。
そして内容は「何で俺達はCGってモノがイマイチ好きになれないんだろう??」ということに。

結論は、「多分、CGは必要ない情報まで正確に、緻密に、平坦に表してしまうから」。

自分の都合良く、実現したい姿形を手早く描けるから手描きがスキ、というのではなく、
あくまで、イメージを膨らますために「見せたいところ、見たいところ」が強弱をつけて表現しやすいので、
検討ツールとしてはやっぱり手描きの方が合ってる、というものでした。
(もちろん、最後の最後は正確な情報も必要ですけどね。特に周辺の風景とかが大事な場合。)

最近あんまり描いていないので、良くないなぁ~・・・とか思いながら、
自分への戒めとしてここに記します(笑)

下の2枚は昔描いた思い出のパース(着彩前の原図)。
負けてとても悔しかった、とあるコンペのものです。(相変わらず木がヘタだな.汗)
勝ちたかったなぁ~・・・



 

Posted in works |

「らしさ」問題

今日のブログ担当、ボス西村浩です。

前回もコメントしましたが、うちの事務所は地方都市の仕事が多いです。

そこで、必ず話題にあがるのが、「○○らしさ」。とても大切なことなんですが、この話題になると、いつもう〜んと悩んでしまいます。。

当然のことながら、街にはなが〜い歴史があって、一言で「らしさ」といっても、どこの時代で見るかによって、その都市の「らしさ」が変わってくるのです。そしてそれが、人それぞれ見方違うってことが難しい。なぜなら、僕らが関わるモノづくりの対象は、1つしかないからです。

言われるままに、いろんな「らしさ」を盛り込んでいってしまうと、何がその街らしいのかわからなくなる。

また、大体「○○らしさ」を求められると、その多くの場合、わかりやすさが求められて、なんともうそっぽ〜いモノができあがってしまいます。これは、いわゆるテーマパークですよね。

街は、日常の暮らしを支えるもので、テーマパークではない。テーマパークはたまにいくから楽しいわけで、長い時間を過ごせるものではないし、長い時間に耐えられるものではないと思うのです。

みなさん、自分のまちをよ〜く見てください。

身の回りに「なんで?」といいたくなるようなモノがありませんか?

つくったときは話題になったけど、すっかり忘れ去られた「らしさ」の表現、心あたりがありませんか?

街を見渡せば、照明柱・サイン・ボラード・橋の親柱・高欄なんかに、いろんなわかりやす〜い「らしさ」が盛り込まれていることが多いです。

下の写真は、僕が30代前半に関わった長崎の万橋の親柱です。

この時は、ほんとに悩みました。

長崎では「おくんち」というお祭りがあるのですが、地元の街の山車が「くじら」で、それを親柱のデザインに反映させてほしいという要望がありました。写真の左側にある絵柄と「万屋縁起」を入れるというのが、具体的な要望でした。

いやぁ、悩みました。山車というものは、お祭りというハレの日に出てくるからこそ有り難いものであって、毎日見ることができるという状況が、本当にいいのかどうか。。

このときは、若かったこともあって(今でも若いつもりですが(笑))、だいぶ抵抗しました。

そして、最終的な落としどころが、写真のように、左側に小さめに地元からの要望の絵柄などをいれつつ、くじらの姿を抽象化して、親柱の柄にするというアイデアでした。写真の右側に柄がみえますよね。「らしさ」というものを盛り込まなければならないという状況になったときには、できるだけ抽象化することと、見て分かるデザインではなくて、「感じる」デザインにするべきだなぁと思っています。

今となっては、このデザインがよかったのかどうかはわかりませんが、街にはいろんな考え方の人がいて、その時々の状況によって、落としどころを見つけなければなりません。ほんとに難しい。。

それでも街に関わるときに、「○○らしさ」を追求していくことは、とても大切なことだと思います。

地方都市は、どこにいっても同じような風景が広がっています。三浦展さんがいわれるように「ファスト風土」化した風景です。東京や大都市圏と同じ暮らしを目指してきた地方は、確かに便利にそして何でも手に入る生活を手に入れましたが、それと同時に、「らしさ」を失ってきたのだと思います。

それに気づいて、あわてて「らしさ」をできるだけ分かりやすく再生しようとすると、どうしても地域の物産や歴史的な遺産をモチーフにした、安易なデザインがいろんなところに溢れかえって、街がテーマパーク化していくのです。

僕は、「らしさ」を考えるとき、一番大事なことは、時間だと思います。「らしさ」は時間がつくるものなのです。そして、本来は、人の暮らしぶりそのものが「らしさ」であるべきだと思います。

その土地の気候にあわせた暮らしぶりや、その地域特有の風習、そしてその地域でとれる食材つくられる料理など、便利になればなるほど頼る必要がなくなってしまった、地域特有の生活そのものをもう一度見直してみませんか?

時間はかかるかもしれないけれども、それが、一番しっかりと地に足のついた「らしさ」に繋がるのではないかと思うのです。

安易に、モノに「らしさ」を求めるのではなく、自分自身の生活そのものに「らしさ」を考えてみることが、もう一度地方特有の風景を再生していくと思います。地元の人にとっては全くの普通のことなのに、外から訪れる観光客にとっては、自分の街では感じたこともない体験をすることこそが、本来の旅の楽しみだったのではないかと思うのです。

これが、僕が考える「らしさ」問題。

 

そして、昨日、とある地方の広場の整備について、市役所から電話あり。

「市長が○○文化を表現した広場にして欲しいといってますので、よろしくお願いします・・・」

う〜ん。

さらに、本日、東京のとある建築のプロジェクトについて、施主からの要望。

「現代的なショパンのような表現で・・・」

う〜〜〜〜〜〜〜ん。。。。。

西村 浩

Posted in まちづくり |